黒木陽子の『あたらしい行事』4月編


4月第2日曜日
ライティングデイ(筆記王慰霊祭)



(ホリデーカラーは万年筆の紺、血の赤)
とにかく文章を書いたり写したり聞き取りまくる1日。町中にはギャートルズの石文字のような巨大な文字の飾り付けで溢れる。テレビのテロップや、街頭宣伝車のコマーシャル、なんでも文字に書きおこす。吟遊詩人・琵琶法師・占い師など言語を使ったパフォーマーが街頭に立ち、客の喜びそうな言葉を紡ぐサービスを行う。「ライティングギフト」として長い言葉を仕込まれたオウムのプレゼントが伝統的であるが、近年では住宅事情や動物愛護の観点からオウム型のクッキーと言葉のつまった音声データがつまったデータメディア(カセットテープやCD)、オウム型のUSBフラッシュメモリなどが一般的である。

由来
デンマーク王ヨハンが、おかかえ劇作家に対して「ただ会話を綴るだけの退屈で低俗な仕事」と言ったところ劇作家は激怒し「だったらお前書いてみろ」と死罪覚悟で言い返した。その後「一日で書けるわこんなもん」「だったら一日で書けよ!どんだけ書けたか見せてもらうからな!」というやりとりに発展した。そして次の日の夕刻、王は書斎の中で死体で発見される。王のまわりには「All work and no play makes Jack a dull boy」となぜか英語の血文字で繰り返し書かれた羊皮紙が散乱しており、あまりの文章の書けなさに憤死したと言われている。その後この地方では、名君であったヨハン王の霊を慰めるため、また文章を書く人を軽々しく扱ってはならないという戒めのため、王の命日には一日閉じこもって王の遺稿となった一文を書くようになったことが始まりとされる。後年この文章は雪山に閉ざされているような気分になる人が多くなったため、色々な文章を書くようになった。

日本での流行
もともとデンマークでの風習であったが、2000年代インターネットや各種SNSの登場により「一日投稿をし続けてもよい日」という形で認識される。しかし書きなぐられたセンチメンタルな文章量に辟易した人たちが「そもそもライティングデイの意義は・・」とそもそも論をかざしはじめ、その後由来をふまえた行事へと変化していっためずらしい行事である。デンマークのヨハン王に関する謎本がベストセラーになったり、デンマーク王の墓石の前で耐久作文会のツアーが組まれるなど、逆にデンマーク人が「なんで?」と首を傾げることもある。

その他
2040年、識字障害者団体はこの日について「ディスレクシアの知識を深める日」という声明文を発表。一部の小学校等で行われていた強制的な書き取りマラソン行事は、以降自粛されるようになった。