「紙本明子のタイトルをとるまで」その9

My Little Letter 〜あの頃の君へ〜(9)


たねの葬式は、入院中の妻とさなえ不在のまま執り行われた。
学校の友達がたくさん来てくれて、別れの言葉を言ってくれて、ようやく現実を受け入れられたような気がする。僕が。
今からでも代われるならかわってやりたい。
別れがあまりにも早すぎて。
まだ進めないです。
たねちゃん、今何を思ってる?
君と話がしたいです。


入院中の2週間、さなえはほとんど病室から出てこなかった。
「お母さんとしか話したくない。」と言われ、僕もほとんど会うこともできなかった。
お見舞いに来てくれる人には申し訳なかったが、面会もお断りした。
すっかり神経衰弱だった妻は、なんとか食事が出来るようになり、3日前、ようやく、たねの遺骨に手をあわせることが出来た。

「今後は家に帰って療養した方が良い。」と退院の許可が出たので、妻子と久しぶりに我が家に帰った。
お隣さんのご好意で、2週間、犬の面倒をみてもらっていた。
迎えにいくと、尻尾の回転で浮くんじゃないかってくらい歓喜していたハッピー。
「お前も寂しかったよな。ごめんな。」

さなえも久しぶりにハッピーに会えて、喜んでいた。
こういう時に、本当にありがたいもう一人の家族。
2週間ほったらかしにして、申し訳なかった。

帰宅後、久しぶりにさなえの声を聞くことができた。

「さなえ、なんか、食べたいもんあるか?」

さなえ「給食たべたいな。明日学校行きたい。」

妻とも相談したが、本人が行きたいと言ってるんだし、ということで、明日、仕事を休ませてもらい、僕が学校まで送迎することにした。
いつまでもこんな風に仕事を休むわけにはいかない。とも思うのだが。
上司はとても気を使ってくれて、今はとにかく家族を優先しろ。と。
本当にありがたい。


さなえ「おとうさん、起きて!」

「うん…?」

時計を見ると、AM7時を過ぎていた。

さなえ「おとうさんって!」

「はいはい、おはよう、もう7時か。」

さなえ「たねちゃんが、いーひん。」

さなえ「どこにもいーひんねん。もう学校いったんやろか…?」

「 、、、さなえ」

ゆきこ「なえちゃん、たねちゃんは、おじいちゃんとこ行ったって言ったでしょう。」

エプロン姿の妻が部屋の入り口に立っていた。

さなえ「あ、そっか!忘れてた。」

ゆきこ「早く学校の準備しなさい。」

さなえ「はーい。」

「ゆきこ…」

ゆきこ「ごめんなさい。たねちゃんは、おじいちゃんの家に行ってることにしたの。」

「なんで…?」

ゆきこ「なんでって、、だって、ずっとあの調子なのよ。毎日毎日『たねはどこにいったの?』って。たねちゃんは死んじゃったんだって1日かけてお話して、夜にようやく『わかった。』って泣きながらお布団に入るのよ。
だけど朝おきたら、けろっと『たねちゃんはどこにいるの?』って。」

「先生には相談したのか?」

ゆきこ「したけど、時間が解決してくれるから、今はがんばってって。」

「なんだよそれ!」

ゆきこ「時間かけて話していくつもり。だから、今は、お願い。ごめんなさい。」

「ごめん、ぼくも、、うん、わかった。」

しばらくの間、たねはおじいちゃんの家にいることになった。

さなえが生活のリズムを取り戻してきて、ぼくも職場に完全に復帰し、日常を取り戻しつつある。
たねが居ないことを除けば、何も変わらない。
世間は、我が家の娘が一人いなくなっても、なんにも変わらない。
この世にいた人間が突如いなくなっても、関係ない。
太陽がのぼって沈んで、お腹が空いて、眠くなって、仕事があるから働いて、誰かが生まれて、誰かが死ぬ。毎日。
生きるってなんなんだろうか。


さなえが学校に通いだして1週間がたった。
朝起きると、さなえがブスっとして朝ごはんを食べている。

「朝からどうしたんや?」

さなえ「返事がかえってこんのんよ。」

「?なんの?」

さなえ「たねちゃんに手紙送ったのに、なあ!ほんまに送ってくれたん?!」

ゆきこ「送ったよー、たねも忙しいんやない?」

どうやら、さなえがたねに手紙を書いたのを妻があずかり…といった様子だ。

さなえ「ひどいわ!!なんで電話したらいかんの?!」

「わかった、おとうさん、おじいちゃんに聞いとくから、はよ学校行きなさい。」

さなえ「もー!」
どたどたを足音をならして、家を出て行ったさなえ。
妻に確認したところ、手紙を送ってくれ。とあずかったらしい。
1度電話をかけたらしく、おやじがうまいこと誤魔化してくれたとのこと。

このままほっておくわけにはいかない。
さなえには申し訳ないと思ったが、手紙の封をあけて中身を確認した。


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たねちゃん
たねちゃんが、おじいちゃんのところにいってから、1週間がたったよ。
早く帰ってきてほしい。
いつ帰ってくるん?
お父さんに聞いても、しばらくは帰ってこないとしか教えてくれない。
まだ夏休みじゃないのに、たねちゃんばっかりズルいなあ。
私も早くじいちゃん家行きたいよ。

昨日、学校でたねちゃんのクラスいったら、みんな私見てめっちゃびっくりしたんよ。
今更そんなにびっくりするか?って思ったけど笑
「たねちゃんかと思った_。」って、ゆきちゃんめっちゃ驚いて、その後泣き出して。
そしてら他の女の子も私のところ来て泣き出したから、なんか私ももらい泣きしちゃって、そしたら、お母さん学校に迎えてに来て、早退したんやけど、なんか変な1日やった。
たねちゃん人気じゃなー、みんな早く学校きてほしいみたいよ。
じゃなかったらあんなに泣かんよね。
いいなあ、人気者!
急にいなくなって、みんなさみしがってるやからね!
帰ってきたら謝りよー。

今日はハッピーの狂犬病の注射に病院に行ってきたよ。
めっちゃ怖がってて面白かったよ。
でも頑張って暴れなかったから、新しい首輪にしてあげて、ごはんはペディグリーチャム。
10秒くらいで食べてた笑
ハッピーもたねちゃんに会いたがってると思うな。

なえ

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さなえの中で、まだたねが生きている。
どうするべきなのか、現実とは何なのか。
医者が言ったように、時が解決するならば、こうやって、たねが苗の中で生きていってもいいんじゃないか。
さなえにとってもそれが一番いいんじゃないか。
たねにとってはどうしてあげるのがいいのか

ぼくは、さなえに返事を書いた。
たねに怒られるだろうか。

おかしいと言われるだろうか。
親失格だろうか。
親として、本当のことをいうべきなんだろうか。
本当のこととはなんなんだろうか。

ただ、ぼくの中でも、ずっと、たねに生きていてほしい。
こうして、さなえとたねとぼくの文通が始まった。


なえちゃん
たねは元気だよ。
たねも、なえちゃんとおとうさんとおかあさんとハッピーに会いたいです。
また手紙かくね。


おしまい。