「紙本明子のタイトルをとるまで」その8

My Little Letter 〜あの頃の君へ〜(8)


早苗が目を覚ましたのは、手術から22時間後だった。
頭を強く打ったのと、顔を怪我したので、頭の毛を剃り、顔はガーゼで1/3が見えない状態になっており、なんとも痛々しく、胸が締め付けられる。

消防車と救急車が到着した時には、二人はコンクリートの壁と車に挟まれた状態で、事故から20分くらいが経っていたそうだ。
「気がついたら壁にぶつかっていた」
二人を轢いた運転手は軽傷だったようで、今警察で事情聴衆を受けている。
救急隊員の人によれば、たねが早苗に覆いかぶさるように倒れており、たねは、すでに息をしていなかった。とのこと。

妻と話し合い、たねの事はちゃんと言おうと、決めた。

一卵性双生児だった早苗とたねは、親の僕でもたまに間違うくらいによく似ていて、仲が良くて、何でも話せる親友のようだった。
しっかりものの姉のようなたねと、甘えん坊の苗。
苗は、たねの真似ばかりしていた。
習い事も、クラブ活動も、たねがやりたい。と言い出し、私も!という。
好きな歌手も、アイドルも二人はいつも一緒だった。
バレンタインの時はチョコレートをあげる男の子まで一緒。私もあげる!と苗が言い出した時は、さすがに大げんかをしていたな。
たねが生まれてからなかなか出てこなかった苗、
「急に一人ぼっちになったから怖くて出てこれないのかなあ。」と助産婦さんが心配するくらいだった。
出てきた時は、そりゃあもう大きな大きな声で泣いた。
意識が朦朧としていた妻が起きるくらい大きな声だった。
妻に抱かれた二人は手をつないでいて、僕はそんな三人を見ながら号泣した。

急に一人ぼっちになってしまった苗。
僕は彼女に何て伝えたらいいんだ。
ずっとずっと考えているのに頭のでは、生まれた時からずっと一緒にいる二人の映像ばかりが流れる。

「なえー どうや?」

さなえ「ひまやー 痛たた、はべるとかおひたひ(しゃべると顔痛い)」

「ああ、ごめんごめん、あんまり喋らんでええぞ。」

さなえ「うん。」

「今日、学校の先生がこの花もってきてくれたぞ。」

さなえ「小橋先生?」

「そうそう、さなえ寝てたから。」

さなえ「うん。」

「とりあえず一週間は安静にやって、さっき先生と話してきた。」

さなえ「うん。」

「学校、行きたいか?」

さなえ「髪の毛生えるまではいやや」

「そうか、そうやな。」

さなえ「いてて…」

「悪い悪い、質問せんとくわな。」

さなえ「たねちゃんは?」

「… うん。」

さなえ「どんくらい怪我したん?」

「あのな、さなえ、たねちゃんはな、すごい怪我をしてしまってな、、」

さなえ「…そうか。うん。」

「もう、、会えないんや。」

さなえ「…会えへんって、いつまで会えへんの?」

「…、なえちゃん、ごめんな。もう、もう、たねちゃんには、ずっと会えないんだよ。」

しっかり話すつもりだった。
さなえの目を見て、ゆっくりとしっかりと落ち着いて話すつもりだったのに、それ以上言葉が出なかった。

さなえ「でも、いるんやろう?会えへんけど、いるんやろう?」

「きっと、たねは天国に行く。」

さなえ「いるって言って。」

「ごめん、なえちゃん、たねちゃんはもう/」

さなえ「お母さんは?」

「…、なえちゃん。」

さなえ「お母さんはどこにいるの?」

「お母さんもちょっとしんどくってね、今おやすみしてる。」

さなえ「…、わかった。」
そう言って、なえはお布団を頭からかぶった。

「なえ…」

さなえ「大丈夫、大きい声だしたから、顔が痛い。」

「ごめん。」

さなえ「明日、お母さんに聞いてみる。」

「…うん、分かった。」

さなえ「今日は、もう寝る。」

「うん、お父さん、お母さんの様子見てくるよ。また後でくるから。おやすみ。」

カラカラと扉を閉める。
3つ向こうの妻の病室に向かう。
廊下に吹き抜ける風で、自分の頬が濡れていることに気がつく。
僕は泣いていた。