おしゃれ雑誌編集部!〜演劇人スタイル〜 vol.31「妄想劇場2013」第四話

演劇人、紙本明子が欲しい物や興味のあるもの、人、あれこれをテーマに、なるべく背伸びせず、演劇人の為のおしゃれマガジンを作ります。

コックピットのプレ企画「クロストーク」でいったんお休みになっていた妄想劇場を再開するよ!
いつか短編集で自費出版(プリンター印刷)しようかな。
きっと妹は買ってくれると思う。

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その4「その時がきたら」

小学5年生の夏、「サッカーがやりたい。」と父に思い切ってお願いし、少年サッカーチームに入る事になった。
「スパイクを買いにいこう。」と父に誘われたけど僕は
「ドリブルが上手くなってからを買う。」と断った。

父は、「ええスパイク履いて練習した方が早く上手くなるからはよ買え。」と正論を言った。
でも、どうしても履きたくなかった。
かっこいいスパイク履いてるくせに、へたくそなのが恥ずかしい。
上手くないと履いてはいけないのだ。
なんというか、僕の、ルールだった。

その日はアルペンに行かず、Theシューズで、それっぽいスニーカーを買った。
サッカー初日、「スパイクじゃないと危ない。」とコーチに言われ、結局1週間後にスパイクを買いにいった。

5年生ながら「後悔」した。
シューズは2000円ちょっとだったけれど、それ以上に、なんというか、もったいない事をしたような気がした。


高校受験を控えた中三の秋、成績が落ちた。
元々受験を予定していた湊高校から、1ランク落とした高鳥高校にした方が良いと先生から言われたが、どうしても受け入れられなかった。
1ランク下の学校を受験する事自体が恥ずかしかった。
湊高校に行く僕しか受け入れられなかったし、友達にもそう思ってほしかった。
僕が高鳥なんて、嫌だ。
両親に懇願して、湊高校を受けさせてもらった。
結局、公立高校は落ちてしまった。

申し訳ないことをした。
私学に行く事になり、学費も交通費も何からなにまでお金がかかってしまう。
それ以上に、なんというか、喜ばせてあげられない事が悔しかった。
合否発表の後、駅の公衆電話で、家に報告の電話をかけるのを躊躇しながら、「どうして高鳥高校を受験しなかったんだろうか…。」と後悔した。

母親は一瞬絶句したようだったが、「そう、残念やったね。」と優しく返答してくれた。
受話器を置いて、声を上げて泣いてしまった中三の僕。
自分のことが大嫌いだった。


5度目の司法試験を1週間前に間近に控えた今日、
「司法試験に受かったら、結婚しよう。」と思い切って彼女に告白をした。

彼女は微妙な顔をしていた。
僕は拍子抜けしてしまった。
そのまま、会話は途切れ、沈黙が続き、喧嘩をしたようなしてないような気持ち悪い感じで別れ、今、一人家路の途中。
昔の事を思い出していた。

大嫌いだった自分の事。
あの時の後悔に似てる。


「僕」とは、なんなんだろうか。
自分を形成するものはなんなんだろうか。

その時がきたら、理想の僕になれる。その時はいつなんだろう。
その前に、また僕は自分のことを嫌いになってしまうだろう。
彼女は僕のことをもう嫌いになってしまっただろうか。

後悔の波が襲いかかってくる。
父にもコーチにも体裁を整えてもらない。
先生からの助言も貰えない。
だけど、今、僕が後悔しながら電話をする相手は、母親ではない。

空を見上げると、曇り空。
星なんて全然見えないし、月もぼんやりと曇っている。
誰にも何にも背中を押してもらえないけど、そんなことはどうでもいい。
つめたくなったスマホを耳に当て、呼び出し音の数を数える。


おわり