おしゃれ雑誌編集部!〜演劇人スタイル〜 vol.31「妄想劇場2013」第三話
演劇人、紙本明子が欲しい物や興味のあるもの、人、あれこれをテーマに、なるべく背伸びせず、演劇人の為のおしゃれマガジンを作ります。
その3「おじさんとおばさん」
私の目の前にいる、腹回り85センチの最近はげてきた中年のおじさん。
ビールを片手に、スポーツ番組を見てる、私の旦那、春君、48歳。
「春君」って君づけする歳でも無いんだろうけど、子どもも居ないし、なんか子ども代わりみたいなところもあって。
毎晩22時くらいに帰って来て、ごはん食べて、缶ビール飲みながら、スポーツ番組(野球)。
至福の時間らしい。ある意味ほんとに幸せよね。
春君の左の腰があがる、
”ぷ〜”
ほらした。
「ごめーん。」
そして一応謝る。
おならする前に、片方の腰をあげるのが春君の癖。
職場でしてなかったらいいけど…。
ほんと、おじさんになったなー。
あ、そうだ。
「今日さ〜、高校生に、"おばはん"って言われちゃった。」
「えー、なんで?」
「電車の中でさ3人くらいの男子がスマホで音楽聞いててさ、あれ誰やろ?西野かなとか?わからんけどさ、それ聞きながら、ぎゃーぎゃーいってんのよ!うるさくってさ。」
「ひどいな〜。で、注意しちゃったの。」
「うん。」
「あらら。」
「あららって!だって信じらへんやん!音楽聞いてんねんで!スピーカーで!お前らの家じゃねーっつーの!って感じ。」
「で、なんて言ったの?」
「うるさいから静かにして下さい。」
「ほう。で彼等は?」
「うっさい、おばはん。」
「ひどいな〜。」
「あんまりに腹が立ったから、「うっさい童貞!」って言ってやった。」
「ええ!そしたらなんて?」
「なにこのおばはん、頭おかしい!やって。」
「あははは、まあ、その通りかも。」
「だって、私かって、おばさんじゃないかもしれへんやん。」
「へ?」
「童貞じゃないなんて証明できへんし、私だってまだおばさんじゃないかもしれへんやん。」
「なんか哲学的… いやいや、ちょっとそれ違うよ。」
「だって、おじいさんから見たら、きっとまだ私おねえさんやもん。」
「まあ、でも、高校生に絡んで行く時点で…」
「おばさんって事?」
「まあ、正しくは、”正義感のあるおばさん”ね。」
「私、今日初めて電車で若者に注意しちゃったんよね。」
「いい事だと思うよ。」
「うん、でも、我慢できなかったんよね、ほんと、おばさんになっちゃったのかな…」
「関係ないんじゃない?おばさんでも注意しない人だっているしさ。」
「そうよね!私、37歳!まだおばさんとは認めへん!」
「あはは、でもさ、あんまり怖い事するのやめてよ。殴られたりするかもしれないしさ。」
「うん。でも、すっきりした。」
「童貞発言?」
「あはは、高校生、赤面してたわ〜。恥かいたら次からやめるやろ。」
「こわいね〜。」
「おばさんをなめるなよ!」
「……ちょっと崩壊気味。ま、いいから、お風呂はいったら?」
「うん、そうする。ふっふ〜んふ〜ん♪」
妻がお風呂に行った。鼻歌まじりで。
僕は時々、心の中で、彼女の事を、「妻」と呼ぶ。
いつまでも歳下で(当たり前)いつまでも若いと思っていた妻に、「おばさん」と言った時、実は僕は「幸せだな」と思った。
彼女はちょっと不満そうで、ちょっと残念そうだったけど、ごめんね。
結婚した時は大学院を卒業した24歳の女の子だった。
見た目は年齢よりも若くって、親に紹介した時の母の第一声は「大学に行かないの?」だった。
僕が社員で彼女がアルバイトだった。
よくあるパターンと言えばそうなのかな。
可愛くて愛想の良い彼女は、お客さんからも業者さんからも人気ものだった。
彼女から付き合って欲しいと言われたのは、確か祇園祭の宵宵山だった。
仕事帰り、誰もいなくなった四条通りで、山鉾を見ている時に告白された。
その時僕には10年付き合った同じ歳の彼女がいたのだけれど、宵山の日に電話をして別れて、それから1年半後、僕たちは結婚した。
ひどい男なのかもしれないけど、浮気はしていない。
結婚して13年。
僕たちには子どもはいない。
10年間は不妊治療にも通っていた。
6年前、妻が31歳、後期流産だった。
会社に義母から電話があった。
会社を早退し、病院にかけつけた。
ベットの上で彼女はずっと泣いてた。
泣きながら「子どもがいないと、おばさんになれない。」と言ってた。
僕はその時の言葉の意味がよくわからなかったのだけれど、「ぼくはもう完全におじさんだ。」と言いながら一緒に泣いた。
妻は、あの時の気持ちを受け止められたのだろうか。
高校生に注意する妻。
正義感があって、彼女らしい。
おばさんだからじゃ無くて、彼女だからだと僕は思う。
「はるくーん!バスタオル忘れた〜もってきてくれへん?」
風呂場から妻が叫ぶ。
タオルをもっていくと、全裸の妻が洗面台で歯磨きをしていた。
「お、サンキュー。そこ置いといて。お風呂どうぞ〜。」
「あのー、、床びしょびしょなんですけど…。」
「水や、すぐ乾くがな。」
思わず笑ってしまった。
「なによ〜。」
「いやいや、ありがとう。」
「何が?」
「いや、おばさんになってくれて。」
「何それ!どーゆーこと!」
「しまった、ごめんごめん。でも面白くって。」
「なにそれ!!なんかむかつくなー。すぐお風呂入りや、電気代もったいないねんから!」
すっかりおばさんな妻なのだった。
つづく
|