おしゃれ雑誌編集部! 〜演劇人スタイル〜
vol.29 新連載スタート!「妄想劇場2013」

演劇人、紙本明子が欲しい物や興味のあるもの、人、あれこれをテーマに、なるべく背伸びせず、演劇人の為のおしゃれマガジンを作ります。


妄想が大好きなわたくし紙本の妄想小説でございます。おつきあいくださいましたら幸せです。

その1「優香と武」

"何がしあわせかわからないです。
本当にどんなに辛いことでも、
それが正しい道を進む中の出来事なら、
峠の上り下りもみんな本当の幸せに近づく一足づつですから。"

「あたし、この言葉好きやなー。」
レモンチューハイを片手に、さっき雑貨屋でもらったフリーペーパーに書かれた詩を見ながら、もつ煮込みをつつく。

「俺は嫌いやな。」
「え?」
「こんな事を考えられる程度の辛さなんて、本当の辛さじゃないんじゃね?」
「…さあ。」
「優香の辛い事ってなに?」

めんどくさいなと思った。
「うーんと、一番最近やったら、仮免に落ちた事、かなあ。あ、あと自転車パクられた。」
「あのな…、今も、ナウ世界では戦争で苦しんでる人たちがいる。飢えで餓死しそうな幼い子がいるねんで。そういうのを本当の辛さっていうんじゃないかなと。」
「…。まあ、そうかもしれへんけど、そういう人以外は、辛い。って思ったらあかんわけ?」
「そういう事じゃなくて、優香はこの言葉をどれくらいの辛さの事やと思ってるのか?って事よ。」
「辛いよ!だって、自転車パクられてんで。めっちゃ困ってるねんから。仮免かって、36人中2人だけやで落ちたの。」
「自転車なんてさっさと買いに行ったらいいやん。仮免は、まあ運がなかったな。」
「でも、自転車見つかるかもしれへんやん、もったいないやん。」
「タクシー代の方がもったいないよ。服とかポイポイ買うくせに。」
「ポイポイなんて買ってないよ!」
「まあまあ、興奮しなさんな。すみません〜 生中おかわり。」

なんやねん、こいつ。
武はいっつもそうや、なんかいっつも諭そうとしてくる。

「あれ?怒ってる?」
「別に怒ってない。」
「優香は、好きって簡単に言い過ぎや。」
「どういうこと?」
「こんなフリーペーパーに書かれてる言葉をそんな簡単に好きっていうのはどうやろう?実際俺は嫌いやし。」
「別にいいやん、いいな。って思ったのは本当やねんから。」
「買い物してても、あれ可愛い、これ好き、これいいな〜ばっかりやし。反射神経で言ってるよ。脳みそで考えてないんじゃない?」
「ひどすぎ!言い過ぎ!」
「ごめん、ちょっと言い過ぎた。でも、もう女子高生とかじゃないねんからさ。」
「げ!それどういう事?」
「あらら、ごめん、もう俺喋らんとく。」
「分かった。もう少し脳みそで考えろってことやろ。」
「ちょっと言い過ぎたって、ごめん。」
「考えた!別れる!」
「え?」
「武と別れる。考えた、武の事、嫌い!」
「ちょ、優香、そういう話しじゃ無いやん。」

じゃあ、どういう話しやねん!と思いながら、席を立ち、店を出ようとした。が、どうにも腹が立つ。
水をひっかけてやろうかと思ったが、そこまでの事でも無いような気がする。
財布から1万円を出して、机に叩き置いた。

「女子高生じゃないから、お金は持ってます!じゃあ、これで!」

づかづかとヒールの音を立てて、店を出た。
なんか後ろの方で引き止めるような声が聞こえたけど、もういいや。
北上して錦通りのところでいったん振り返ってみたけど、後を追いかけてくる雰囲気もない。
精算とかしてるんかな。と思ったけど、このまま本当に別れてもいいと思った。
付き合って1年。
なんとなく楽しく過ごして来たけど、別に燃えるように好きでも無いし。
結婚とか、いずれはするかな。とか思ったりもしたけど、まあ、絶対この人!って訳でも無いし。
涙も出ない。

"反射神経で言ってるよ。脳みそで考えてないんじゃない?"

「お前のこともな。」
つぶやいて、またちょっと腹が立って、寺町通りを一人でとぼとぼ歩く。

明日自転車買いに行こうかな。
今月のタクシー代合わせたら、電動付き自転車買えたかなー。
とか思ってたら、メールの着信音。
どうせ武やろ。と思って見たら、友達からの結婚パーティーのお知らせやった。
高校テニス部時代の友達。

===
おめでとうー!!ついに結婚やね!付き合って長かったもんね〜。
パーレーは勿論参加しやっす!花嫁姿のミッチーに早く会いたいよ!
===

タクシーにのって、メールの返信をする。
テニス部で結婚してないのって、あれ、ついに私だけか。
御池通りの変な噴水が青く光ってる。

メールの着信がなる。
ミッチーからの返信だった。

===
参加費6500円の合コンやと思って来てね!by 花嫁
===

===
席の配置は年収順でよろしく!byゆかぽん
===

反射神経で送るメール。
いつまで笑って流せるやら。

「ありがとうございます。1860円です。」

一瞬気を失っていたのか、気がついたら自宅前に着いていた。
慌てて財布を取り出したのだが、お金が無い…。
ああ、さっき1万円置いて来てしまったのだった。
どうしよう…と思ったのだけれど、そうだカードで払えばいい。と
キャッシュカードを出して無事精算。
くそう、1万円は多過ぎた。
女子高生よりは持ってるけど、派遣社員やしなあ。
五千円札があったらそっちにしたのに…!

《ひので自転車》
タクシーを降りて目の前の看板。
マンションの1Fは自転車屋さんなのだ。
今年の2月に入ったばかりの小さい自転車屋さん、店員さんは若いイケメン。

「ほんと、こんなに近くに自転車屋があるのに…、さっさと買ったらよかった、イケメンやし。」

帰宅して、シャワー浴びて時計を見たら23時50分
今日のうちに寝てやる!とベットに潜り込む。
武に言われた言葉は、もう特に腹がたたない。

”何も考えてない。”

そんな事、自分が一番わかってる。
30歳。
ああ、もう、でも考えるのいや!
今日はもう寝る!
明日から考える!

その日の夢は、先輩がお見合いをすることになった。という夢だった。
しかも、阪神の二軍の選手というではないか。
上司も大喜びで、みんなで「頑張れ!」っとエールを送った。

なんだこれ。
今日は午後出勤。
二度寝して、トイレ行って、歯磨きをして、スマホを見た。
武からのメールは来てない。

「なんやねん、あいつ!」
コーヒーをガブ飲みして、家を出た。

かわいい、黄色い自転車が目に飛び込んできた。
12,800円
まずまずな値段だし、これでいいやと思ったけど、そういえば、お金がなかった…。
小さい自転車屋さんは、カードが使えないそうだ。

「じゃあ、試運ってことでお貸しましょうか?」

イケメンがイケてる事を言って来た。

「ありがとうございます!絶対買いますので!」
「じゃあ、料金は後納ってことで。」

さっそく黄色い自転車に乗って、東大路をかけぬける。
風がきもちいい。
新緑がきらきらしていて、虫も少なくて、この季節が一番好き。

この季節が一番好きなのは本当。
昔からずっと好きやもん。

信号待ち。
日差しが照りつける。
近くの幼稚園から楽しそうな声が聞こえる。
スマホを取り出し、武のアドレスを片手で消した。

つづく。


※作品はフィクションです。
 登場する人物、出来事は、紙本の妄想です。