『その国では』
夜明けに大臣が決まった。
この国では初めてのことだ。
政(まつりごと)はお天道さんの下で行われるものだと思っていたし、当の新しい大臣もそう思っていた。
その瞬間はいつも突然やって来る。
この時もそうだった。
大臣は大臣になる前は靴屋さんをやっていたのだ。
その夜までは靴屋だった男が夜明けとともに大臣になってしまったのだ。
「この国も変わっていくなぁ」
立ち呑み屋でおじさんもニュースを見ながら 、チューハイグラス片手に鋭い目つきでそう言っていた。
おじさんの目つきが鋭くなるのは年に何度もあることではない。
私はおののいた。
そして、この時ようやく私はこの国に今とんでもないことが起こりつつある事に自覚的になったのだった。
大臣がただただ、人の良さそうな顔をテレビの画面に晒し続けていた。
ずっと「良いんですかね、良いんですかね」と言いながら、困ったようなくすぐったいような、そんな表情を浮かべていた。
あしたから給料が月に50万円もらえるようになるらしい。
大臣はそれを聞いて、とっても嬉しそうな、けれど相変わらず困ったような笑顔だった。
レポーターは金切り声で、罵声にも似た質問を大臣に浴びせ続けている。
大臣になって初めてもらう50万円をどうするのか、という、クソくだらない質問に大臣は一瞬、考えた後に、言葉を選びながら答えた。
「とりあえずその晩、奥さんを抱き・・・ますかね」
そう力強く宣言したところでテレビの中継は突然終わった。
いや、別の何かの映像に急激に切り替った。
波乱から始まる今回の大臣生活。
めまぐるしく状況はかわっていくだろう。
見守りたい。
いや、変えていきたい。
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