※「異性とお付き合いする」という「出来事」が、みなさんにとってどれほどの大きさの出来事なのかをわかりやすく何かに例えてみようという趣旨の文章でございます。

【ケース26】
「縁側でくつろぐ」

いいではありませんか。
気持ち良いではありませんか。

縁側でくつろいでいた事を思い返してみるとその全てが楽しい思い出であったような気がします。

楽しく、そして気持ち良く、そしてどこか懐かしい。
実家に縁側がなくてもどこか感じるあの懐かしさ。

「いつまでもこうしていたい」

縁側でくつろいでいる時によく思うことです。
時が止まったかのような感覚を味わった事もあったと思うのですが、改めて思い返してみるとそうなのです。

実はそんなに長い時間を縁側で過ごしたことは少ないのではないかと。

まず気温の問題がありますね。
暑くなったり、寒くなったり。
それから日常のよしなし事もあります。

思えば、縁側でくつろぐというその行為のハイライト的な瞬間というものは、一日の内でもごく短いものだったような気がします。

なるほど。

日々の生活に追われている時には縁側でくつろごうとするを忘れてしまいます。日常の行為のように見えて、でも余裕がないと出来ない事なのかもしれません。

そしてこの回答を述べていただいた方がおっしゃった言葉。

「縁側ではくつろがなきゃいけない。っていうプレッシャーもあるような気がする」

なるほどなるほど。
ありますあります。

くつろげなければ縁側ではないとさえ思っております。
そしてそれはなんだか縁側を窮屈にしているような気もしてまいりました。

なんだか実態のつかめない、もしかしたら実態なんかないかもしれない、あの縁側におけるくつろいでいる感の強さ。

おお、なんと切ないのでしょう。

私は今、感動しております!


それでは次回は
【ケース27】
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です。