「ミック・ジャガーの台本1」


山登りの何が素晴らしいかといって、山に登ろうと決めたその前の日の準備段階からして、いきなり興奮のるつぼなわけです。

当日のリュックサックには何を詰めるべきなのか。
お弁当の中身はオムスビなのかサンドイッチなのか。
水筒の中はお茶なのかコーヒーなのかカルピスなのか。

そういった様々な小さい出来事にも心踊るものがありますが、その中でもメイン、最も大きな問題は何かといえば、それはやはりなんといっても、当日どんな服装で挑むのか。どんな恰好で山に登るのかということなのではないでしょうか!

上へ上へと登っていくわけですから、やはりできるだけ動きやすい、身軽な服装の方が良いだろう。しかし、男としてのオシャレ心は忘れたくはない。
この一見合反する二つの理想形を実現するために私はもう何時間も悩んでいるのです。

そうです。
私は明日山に登るために今日この山を越えなければならないのです。
私は明日山に登るために、今日、この山を越えなければならないのです。

そうして悩みに悩んだ末、私のコンピューターが弾き出した結論、それは…
「ポロシャツ」
でございました。

そうです。皆様もきっと憧れていたことでしょう、私も子供の頃からずっと憧れておりました、さわやかの代名詞的存在、永遠の若大将加山雄三さんがよく愛用なされていた、あのポロシャツです。

これ以上の答えなどない、ベストな選択だとホッと一心地ついた私は、あとは枕元にポロシャツをたたんで置いておき、明日に備えて充分睡眠をとるだけだ、そう思っていました。
が、私はある重大な問題を忘れておりました、そうです。
私の家にはポロシャツがなかった!

それどころか私は、もう何十年もボロシャツに袖を通してはいなかった。
慌てて私は近所のデパートへポロシャツを求めて走りに行こうとしたのです。
が、その意思とは裏腹に身体が動かないのです。
身体がポロシャツを着ることをどうしても拒否するのです。

とっくの昔に乗り越えたつもりでした。
もう忘れてしまったと…そう思っていました。
けれど、あの時のあの出来事は…あの傷の爪痕は、ハッキリと私の身体に残っていたのでした。


2へ続く。