「気のせい」


気配がしたので振り返ってみても、そこには誰もいませんでした。

真っ暗な闇がそこにはあるだけで、誰も、何もなかったのです。

…少し気にし過ぎているのかもしれません。

こんな夜中に、こんな人気のない、こんな暗い夜道。

きっと誰とも会わないでしょう。

会うわけがありません。

だから、

だから!

落ち着くべきなのです。

そうです。

やってしまったことはもう仕方がありません。

現実は、戻せません。

戻れないのです。

だったら今の私にできることは、

後ろを振り返ることではなく、

前を向いて歩くことでしょう。

きっと、

きっと!

気にすることはないのです。

平気な顔をして歩けばよいのです。

たしかに私はウンコをもらしてしまいました。

だからどうだというのでしょう。

臭い?

ああ臭いさ!

けれど今匂って困っている奴がいるのかい?

いないさ!

私以外に誰がウンコをもらしたことを知っている?

誰もいないね!

だったら今私がここで、ウンコなんてもらしていないと言い張れば、それが真実になるんじゃないか?

………

なるね!

「ウンコなんてもらしてない!」

試しに口に出して言ってみました。

すると、どうでしょう。

その言葉は

ああ、

こんなにもしっくりと馴染むではありませんか。

「私はウンコなど、もらしてはいない」

今度は確信を持って、ハッキリと言い切ることができました。

今ならこのまま、何処にだっていけそうな気さえしています。

気のせいではあるのですが。