「思わず遠くへ来たもんだ」

おまんじゅうを食べながら歩いていると、いつのまにか知らない町に着いていた。
つい、おまんじゅうを食べることに夢中になってしまい、気が付いたらここに立っていたのだ。
信じたくはないが、もしかすると、ここはアメリカなのではないだろうか。
どうもそんな雰囲気のする町である。
しまったと思う。
まったくもって油断をしていた。
なにせぼくは、アメリカになど用はないのだ。
ぼくはこれから、増田さんの家に行って、お習字の稽古をする予定になっていたのだから。
今日は、「漁」という字に挑むはずだったのだ。
けれど、それはもうおそらくできないだろう。
ここは多分、アメリカなのだ。
ぼくの家の近所ではないのだ。
ああ、なんてことだろう!
これはきっと、ぼくがあまりにも呑気におまんじゅうを食べていたせいだ。
思っていたよりもけっこう美味しかったものだから、ついうっかり夢中になってしまったのだ。
もっとしっかり目的意識をもって、おまんじゅうを食べるべきだったのだ。
そうしていれば、アメリカに着く前に、せめて日本のどこかで自分の過ちに気付けていたはずなのだ。
なんてことだ。
そう思うと悔しくて、自然とぼくの瞳から涙が出てきた。
とめどなく、
はてどなく、
涙がこぼれ落ちてくる。
右手にもった習字道具がやたらに重く感じる。
増田さんもいない。
おまんじゅうももうない。
ぼくは今、アメリカらしき町でひとりぼっちだ。