「家庭の事情」

パパはいつもクリームパンを食べている。
仕事から帰ってきてまず一つ、ママとケンカした後にまた一つ、晩ご飯前に一つ、寝る前に一つ、モシャモシャ、パクパクと食べている。
「君のパパはどうしていつもクリームパンを食べているんだい」
となりの家の水道屋のおじさんは、いつも不思議そうにぼくにそう尋ねる。
ぼくはいつもそんなおじさんに不思議なくらい腹が立ち、思わずおじさんを口汚く罵ってしまうのだ。
「自分で聞け、デブ。そんなことより働け」
何がそんなに腹が立つのだろうかと一晩考えてみたら、多分顔が嫌いなんだろうという結論に達したので、少しスッキリした。
喜び勇んでパパにその事を報告したら、パパはそんな事は死ぬほどどうでもいいという顔をして
「そうか」
とつぶやくのみ。
そしてパパは言うのだ。
「あー、オカマになりたい」
パパの最近の口ぐせだ。
なるほど。
オカマになりたいパパにとって、ぼくの日々の出来事など、きっととるにたらない小さいことなのだろう。
そしてつまり、パパの悩みはそれほどまでに大きいということだ。
パパの悩みは大きすぎて、今やぼくのことなど視界に入らない、というわけだ。
なりたければなれば良いとは思うのだけれど、パパには色々な大人の事情があって、どうもオカマになるのは難しいようなのだ。
パパは、毎晩夜遅くまでウイスキーを飲みながら、そのことでシクシク泣いている。
辛いだろうな。
ぼくはパパのことを想って少し涙をこぼした。
すると、
その時ぼくは閃いたのだ。
もしかしたらそのストレスを紛らわす為に、パパはクリームパンを食べるのかもしれない、と。
クリームパンはなにしろ甘い。
そして辛い時には甘いものが一番だ。
辛い現実には甘いパン。
グッドチョイスだ、パパ。
そう思ったら、不思議と水道屋のおじさんにそのことを伝えたくなった。