「アパート」

ここのアパートにはフラミンゴが住んでいます。
大家さんがよそのアパートやマンションとの差別化をはかるために、この春から飼いはじめたのですが、エサ代やらなんやらの名目で家賃が千円上がってしまい、住んでいる人たちからはたいそう不満の声が上がったようです。
どうせ家賃を上げるのなら、フラミンゴよりももっと部屋のグレードを上げるべきだという意見が大多数でした。
たしかに、住民たちの言っている事もわからないではありません。
なんといっても、彼らの部屋には換気扇も無いのですから。
同じ家賃が上がるのならば、フラミンゴよりも例えば換気扇を求めるのは、当然の事でしょう。
なんだたかが換気扇か。それよりもフラミンゴの方が可愛いじゃん。長い目で見ていればフラミンゴの方が絶対良いって。
とは、換気扇のない部屋で住んだことのない人間の発想であります。
換気扇のない部屋がどれだけ辛いか。
夏場にヤカンで湯をわかした時の熱気がどれだけこもるか。
冬場にそれでも窓を開けて換気しなければならないのが、どれだけ寒くて腹立たしい事か。
そんな人たちは決して理解できないでしょう。
フラミンゴよりもだんぜん換気扇。
普通はそう考える事でありましょう。
しかし。
大家さんはフラミンゴを選んだのです。
やれBSが見れるだ、やれオートロックは安全だ、やれロフトはオシャレだ、やれ換気扇だとかはもうたくさんだと。
そんなのは言い出したらきりがないんだと。
人間に本当に必要なのは心のゆとりなのだ、と大家さんは考えていたのでした。
大家さん理論では今回の件は、
フラミンゴの事はあまりよく知らないが
「フラミンゴの住む家」
という言葉の響きはかなりゆとりがありそうだ。
というゆとり優先の決断だったのです。
あまり後先を考えないでスパッと決断したのも、大家さんの心のゆとりのなせるわざだったのでありましょうか。
以来、
「フラミンゴのアパート」
としてその近辺では有名な存在になっていました。
ある日。
アパートの6号室の住民が、遂に辛抱たまらなくなり、業者をよんで換気扇を設置しようとしていた時の事です。
大家さんは慌てて飛んできて言うのでした。
「ま、換気扇が欲しいっていうあんたの気持ちはわかる。せやけどな。こんな事されたらフラミンゴのアパートの大家としておっちゃんの顔がたたんやろ。換気扇はこのアパートでは付けられへんねや、わかってくれ!…いやわかった!ようわかった、まかしといてくれ。こうなったらやな、換気扇なんかよりももっと良いオプションを、君の部屋にだけ付けたげようやないか」
それから。
6号室の家賃はさらに2千円上がり、以来、
「カモノハシの6号室」
としてその近辺では有名な存在になったのでした。