「よくそこのラーメン屋に行っていた」

ぼくの通っていた高校の前にはラーメン屋があって、ぼくは本当に三年間そこにはお世話になっていました。土曜日や日曜日の部活帰り、部活の合宿の打ち上げにと、考えてみたら本当によく行っていました。
そこのラーメン屋の魅力はなんといっても、ラーメン一杯150円という学食よりもはるかに安いその脅威的な価格設定にありました。全部はさすがに思い出せませんが、ぼくが主に食べていたのは他に、餃子150円、中華丼、マーボー豆腐丼、チャーハン、各350円、スタミナ丼400円、などといった面々たちでした。
そこのラーメン屋のかくし味はなんといってもその店の人間模様でした。その店は家族でやっている店で、父親はカウンターで料理を作っていて、その奥さんと娘さん息子さんの三人が店の中を忙しそうに歩き回っていました。
「まーくん」と奥さんに呼ばれていた息子さんは当時のぼくと同じ歳ぐらいのようで、どうやら高校には行かないで、お店の手伝いをしているようなのでした。かねてから、ぼくらの間では、「まーくん」の無愛想さは話題にはなっていましたが、けれど不思議とそんなに不快ではありませんでした。「しゃーい」という、「いらっ」ぐらい言えばいいのになというやる気のなさも憎めない感じで、ぼくは好きでした。
しかししばらくすると、「まーくん」は店からいなくなってしまうのです。なぜだろう、どうしているんだろう、ぼくらが不安に思っていたその矢先、今度は娘さんのお腹が日に日に大きくなっていくではありませんか!
そう、「おめでた」です。
いつのまにか娘さんは結婚していたのです。いつ、相手は誰なんだ、ぼくらがやはり不安になっていると、そうこうしているうちに娘さんの姿もみえなくなりました。おそらく産休に入ったのでしょう。いや、もしかしたらもう娘さんはこの店からはいなくなってしまうんじゃないか、旦那さんと一緒に暮らすんじゃないかという噂も流れ、店の中も奥さんと父親の二人だけになってしまい、ぼくらはなんだかさびしくなってしまいました。それに二人じゃ、これから先この店大変だな、と余計なお世話ながら心配にもなりました。しかしそんなある日、
「しゃーい」
という、聞き慣れたダルそうな声が店の中から聞こえてきたのです。
「まーくん!」
ぼくらは胸の奥が熱くなりました。おかえり、やっぱり店のピンチには帰ってきてくれたんだね、おかえりなさい、まーくん。髪の毛が茶色になっていて、時の流れは感じましたが、戻って来てくれた「まーくん」が本当にぼくらは嬉しかったのです。
そしてそれから数か月後、
「オギャーオギャー」
産まれたばかりの赤ん坊を背中にしょいながら忙しそうに店の中を歩き回る娘さんの姿がありました。
店は再び、いや、新たなメンバーが増え、家族一同で頑張るようになりました。
そうなのです。素敵だ、ここのラーメン屋は素敵だ。そんな思いが、いいかくし味になり、ぼくはついに卒業まで通い続けたのでした。